環では加法・減法・乗法は自由にできるが、割り算は常にできるとは限らない。体(field)はこのギャップを埋める環だ:ゼロでないすべての元に逆元があり、割り算が常に可能になる。有理数 Q、実数 R、複素数 C はよく知られた体だが、これらが唯一の例というわけではない。
追加の要素:乗法逆元
環 (R,+,⋅) では、乗法はモノイドをなすだけで逆元は要求されない。整数 Z において 2 には乗法逆元がない:2x=1 となる整数 x は存在しない。
体はシンプルに、ゼロでないすべての元がそのような逆元を持つことを要求する。ゼロが除外されるのは、すべての x に対し 0⋅x=0(環について示した通り)だから、0⋅x=1 を満たす x は存在しえないからだ。
定義
定義. 体とは、(F∖{0},⋅,1) が群をなす可換環 (F,+,⋅) だ。すなわち、ゼロでないすべての元 a∈F が a⋅a−1=1 を満たす乗法逆元 a−1∈F を持つ。
すべての公理を列挙すると、体は次を満たす:
| 演算 | 必要な構造 |
|---|
| (F,+,0) | アーベル群 |
| (F∖{0},⋅,1) | アーベル群 |
| + と ⋅ | 両方の分配法則が成り立つ |
乗法の可換性は定義に組み込まれている:体は常に可換環だ。
例
有理数 Q. qp=0 であれば逆元は pq だ。分数の加法と乗法はともに可換だ。(Q,+,⋅) は体だ。
実数 R. ゼロでない実数 a はすべて逆元 a1 を持つ。(R,+,⋅) は体だ。
複素数 C. a+bi=0 であれば逆元は a2+b2a−bi だ。(C,+,⋅) は体だ。
素数を法とする整数 Z/pZ. 素数 p を固定する。集合 {0,1,…,p−1} に p を法とする加法と乗法を定めると体になる。たとえば Z/5Z において、2 の逆元は 3 だ。なぜなら 2⋅3=6≡1(mod5) だから。これは有限体(finite field)であり Fp とも書く。
体でない例——整数 Z. Z は環だが体ではない:2 には整数の逆元がない。
体でない例——多項式 R[x]. 多項式 x には多項式の逆元がない:x⋅f(x)=1 となる多項式 f は存在しない。
標数
すべての体は標数(characteristic)という性質を持ち、単位元 1 を自分自身に何度足せば 0 になるかを表す。
形式的には、体 F の標数とは
n1+1+⋯+1=0(1)
を満たす最小の正の整数 n のことだ。
そのような n が存在しない場合、標数は 0 と定義される。
体の標数は常に 0 か素数だ。これは偶然ではない:もし n=ab で 1≤a,b<n の両方が (1) を満たすとしたら、(a⋅1)(b⋅1)=0 が体の中で成り立つことになる——ゼロでない二元の積がゼロになることを意味するが、体ではゼロでない元は逆元を持つのでゼロの積になることはありえない。
| 体 | 標数 |
|---|
| Q | 0 |
| R | 0 |
| C | 0 |
| Fp=Z/pZ | p |
標数 0 の体は Q のコピーを含み、標数 p の体は Fp のコピーを含む。
演算としての割り算
体ではゼロでない分母に対して割り算を定義できる:
ba:=a⋅b−1(b=0)(2)
これにより体は線型方程式を解く自然な舞台となる:a=0 のとき ax=b は唯一の解 x=a−1⋅b を持つ。この解の存在と一意性はともに乗法逆元に依存する。
線型代数が体の上で組み立てられる理由はここにある:割り算が可能であることが、ガウス・ジョルダン消去法、行列式(determinant)、次元定理(rank-nullity theorem)を整然と機能させる。
まとめ
- 体とは、ゼロでないすべての元が乗法逆元を持ち、割り算が常に可能(ゼロ除算を除く)な可換環だ。
- 体の公理は、二つのアーベル群——(F,+,0) と (F∖{0},⋅,1)——を分配法則で結びつける。
- 無限体の主な例:Q、R、C。
- 有限体の主な例:任意の素数 p に対する Fp=Z/pZ。
- 体の標数とは n1+⋯+1=0 を満たす最小の n であり、常に 0 か素数だ。
- 体は線型代数の適切な舞台だ:係数がゼロでなければ線型方程式が常に解けるのは、割り算があるからだ。